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東京高等裁判所 昭和52年(う)166号 判決

本籍

埼玉県熊谷市大字新川六二二番地

住居

同市大字平戸二〇五五番地

会社役員

山岸隆男

大正二年一一月四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年一二月三日浦和地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月および罰金七〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人斎藤正義作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

原判示犯行の態様ことにそのほ脱税額が原判示のように多額であることやその方法が商品取引メモ帳の清算口座を一部除外し、清算損を増加させ集計額を改ざんするなど巧妙であることなどに徴すると、被告人の責任を軽視することはできない。

しかしながら、所論指摘の原判示犯行の動機や被告人がすでに本税四、九〇四万七、八〇〇円のうち三、六三九万七、八〇〇円を支払っている(還付金充当も含めて)ことや被告人が現在深く反省悔悟していることなど、被告人のため汲むべきすべての事情をしん酌すると、原判決の量刑は重過ぎると認められる。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い本件について更に判決をすることとする。

原判決の適法に確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為は所得税法二三八条一、二項に該当するから、所定刑中懲役刑と罰金刑の併科刑を選択し、その所定刑期および罰金額の範囲内で被告人を懲役八月および罰金七〇〇万円に処し、被告人が右罰金を完納することができないときは、刑法一八条一項により金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武)

○控訴趣意書

所得税法違反 被告人 山岸隆男

右の者に対する頭書被告事件の控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和五二年二月二四日

右弁護人 斎藤正義

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一、原判決は別紙公訴事実を認定し、被告人を懲役八月及び罰金八〇〇万円に処する。この裁判確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する旨言渡したが、右罰金刑の量定は、重きに失し、破棄を免れないものと思料する。

すなわち、

(一) 被告人は昭和四六年以来商品先物取引をし、同年および昭和四七年は損失をこうむったが、昭和四七、四八年は被告人名義のほか、他人名義、架空人名義を使用し取引をしていた、被告人がこのように他人名義などを使用したのは仲買店カネツ貿易株式会社熊谷支店などの担当者から、支店間の営業成績向上の競争が激しいので、同支店などの得意先は増加し、成績が向上している如く本店に報告するため大口取引先の被告人に対し、協力方を示唆されたゝめ、などの理由によるものであって、所得税を免れるためではない、このことは被告人が昭和四七年度所得の確定申告の際商品先物取引において約三千六百万円の損失を受けているのであるから、これを損金として計上申告すれば同年度所得額は減少し、所得税も減額されるべきであったのにこれをしなかったゝめ昭和四七年度は約四百五万円の過納となっている事実に徴し、明らかである。

被告人は、昭和四八年も引続き商品先物取引をし、前年同様他人名義などを使用したが、これも所得税を免れる意図のもとにしたものでないことは前記のとおりである。

(二) 被告人は商品先物取引をする以前株式信用取引をし、昭和四五年は約四千五百万円、商品先物取引により昭和四六年は約五百万円、昭和四七年は約三千六百万円の各損失をこうむったが、右各年度所得の確定申告に際し、損金として計上しなかった。

(三) 昭和四八年は偶々商品先物取引により総所得八千三百八十一万円を上げることができたが、この金額は前記過去三年間の損金合計八千六百万円に達しなかったゝめ同年度所得の確定申告に際し、記帳していた商品取引メモ帳の利益集計額を改ざんし、総所得六十四万四千八百六十一円なる旨の確定申告をした。

被告人は、昭和四八年において商品先物取引により多額の所得をあげることができると予想し、その場合の所得税を免れることを計画して他人名義などを使用したのでなく、偶々昭和四八年は八千三百八十一万円余の所得をあげることができ、その機会に過去三ケ年の商品先物取引などによって受けた損金約八千六百万円と右所得金額を清算して申告することにより、損金の穴埋めをしようと考え、本件の過少申告をするに至ったので、その動機について憫諒すべきものがあり、悪質ということはできない。

(四) 被告人は本件発覚後、その非を反省し昭和四八年所得の修正申告をし、

(1) 国税四千五百万円、

(2) 重加算税千四百六十四万四千百円、

(3) 延滞利子八百二十二万円、

を納付することゝなり、国税のうち三千万円を昭和五一年六月三〇日納付し、その他は税務当局の諒解のもとに逐次納付することになっている。

又被告人は本件発覚後、個人で商品先物取引することをやめ、自己が代表取締役をしている熊谷金属株式会社において業として営むことにあらためているので再犯のおそれはない。

(以上のことは昭和五〇年八月二二日付、昭和五一年六月三日付検察官の被告人に対する供述調書、原審公判廷における被告人の供述により認められる。)

以上のように動機のいかんを問わず自己の犯した所得税法違反について深く反省し、すみやかに修正申告をし、莫大な国税、重加算税などを納付すべく努力している被告人に対し、さらに罰金八百万円に処する旨の原判決は重きに失するので、破棄し罰金額を減額し、被告人をして一日も早く右国税などの納付ができるようにして預くことを上申する。

別紙

被告人は、埼玉県熊谷市大字平戸二、〇五五番地に居住し、同所において、熊谷金属の名称で自動車解体業を営むとともに、同市本町二丁目一一四番地カネツ貿易株式会社熊谷支店ほか二仲買店において、対価を得て継続的に商品先物取引業を営んでいたものであるが、所得税を免れようと企て、昭和四八年中の実際総所得金額が八三、八一七、一四九円および分離課税の長期譲渡所得金額が九、四八一、七五五円で、これらに対する所得税額は合計五〇、四九〇、九〇〇円であるのにかかわらず、右商品先物取引業に関し、取引使用名義別に精算損益を記帳していた「商品取引メモ帳」の利益口座の一部を除外してその集計額を改ざんするなどし、その所得金額を所得税確定申告書に記載しないなどの方法により、所得の一部を秘匿したうえ、昭和四九年三月一五日、同市仲町四一番地熊谷税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が六四四、八七六円および分離課税の長期譲渡所得金額が九、四八一、七五五円でこれらに対する所得税額は合計一、四四三、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出して同日の確定申告期限を徒過し、もって不正の行為により右年分の所得税額四九、〇四七、八〇〇円を免れたものである。

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